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【論文まとめ】Richard Scheines "Causation"

Richard Scheinesの論文 Causation をまとめました。

ここ数十年の因果論の歴史を見ることができます。

論文は

ここでよめます。

 

因果論において問題とされること。

①因果関係はどのような関係か?

②非対称性問題。部屋の温度が上がったことはセーターを脱いだことの原因とはなるが、セーターを脱いだことは温度上昇の原因とは見なされない。そのような非対称な関係があるのはなぜか?

③まがいもの因果(spurious causation)の問題。雷が発生したとき、光が満ち溢れた後に木が燃えるが、光そのものが燃焼の原因とはいえない。そのような偽の因果をどのように排除するか。

 

因果論の歴史

1970年代から80年代にかけて『ソクラテス的』方法が使われる(『因果』の定義を形而上学的に考える)

90年代から『ユークリッド的』方法が使われだす(現実に使われている因果という言葉とは別に因果関係を公理化し、統計科学などで応用)

 

70年代から80年代においての因果分析

①反事実条件理論

反事実条件法はデイヴィッド・ルイスの考えた『可能世界』というアイディアに基づく。

『現実世界にて、Aが起きBが起きるという関係で、現実世界と最大限に類似した可能世界においてAが起きなかったらBも起きない関係性が因果関係だ』という理論である。

可能世界とは、現実世界とは別であるが論理的破綻のない世界だ。

この理論の弱点は『先取り因果』と『過重決定』である。

先取り因果とは、二人の殺し屋ソーニャとあぎりがいて、両者がターゲットに射撃したとき、ソーニャの弾丸が当たりターゲットが死んだとしよう。このとき、反事実条件法で分析すると、たとえソーニャの射撃がなくてもターゲットは死亡するため、ソーニャの射撃は死の原因ではないことになってしまう。

過重決定とはソーニャとあぎりの銃弾が同時にターゲットの心臓に達した場合だ。

 

②マッキーの規則説

ヒュームが唱えた『因果関係は人間がいつも結合して起こるものに対して名づけた関係だ』という説を発展させたのが、ジョン・マッキーの規則説である。

この説は、原因とは結果に対してINUS条件に当てはまるものだとしている。

INUS条件とは『対象に対して不必要だが十分な集合のなかにある、不十分であるが必要な部分』のことだ。

たとえば『タバコをガソリンの中に入れたら家が燃えた』という例をとろう。

このとき『家が燃える』という結果にいたる集合は色々なものがある。ミサイルを撃ってもよいし、魔法使いをつれてきてもよいし、タバコの不始末でも良い。

ただし、ミサイルの場合、『使用可能なミサイルをもっている∧それを運用できる技術者がいる∧……』とさまざまな要素を含む集合となっている。

タバコの不始末の場合『ガソリンの中に入れる∧周りに酸素があった∧タバコに火がついていた∧……』という集合である。

それぞれの集合は、代替が効く(不必要である)が、それ一つで家に火をつけられる(十分である)。

また『タバコをガソリンの中に入れた』という要素はそれ一つだけは結果を起こすのに不十分だが、それがかけていれば結果は起きない(必要である)。

INUS条件の問題点は非対称性問題とまがいもの因果問題だ。たとえば、『はしかが熱とふきでものを出す』という事例を考えよう。このとき、『熱が出ている∧はしかに感染している』という集合はふきでものに対して十分であり、かつ熱は必要な部分となっている。

 

③確率的因果

1970年代になり、Patrick Suppesは『原因とは結果の確率を変える変数だ』とする考え方を出した。この理論はまがいもの因果問題をうまく解決する。

 Cが一見してEの原因に見えたとしよう。つまり、E単独の確率よりCのもとでのEの確率のほうが高い。→ P(E) < P(E|C)

このとき、Zという因子がなければCはEの真の原因だ。Zとは、P(E|Z)=P(E|Z,C)

となる因子である。この状態をZが与えられた上でCとEは条件付独立であるという。

この方法への批判は三つある。

一つ目は、『因果』を『確率』という別の謎で説明したに過ぎないという指摘。

二つ目は、非対称性問題とまがいもの因果問題に対し不十分であるという指摘。

三つ目は、原因を与えているが、確率的変動を起こさない例があるという指摘。

 

④サモンの物理的プロセス理論

因果とは物理的な交差により、エネルギーや運動量などのなんらかの量が交換されることにあるとする理論。

対称性問題とまがいもの因果問題を解決しないのが問題。

 

⑤操作主義

原因を操作することにより変動するのが結果であるとする説。

結果を操作しても原因は変動しないことから非対称性問題をクリア。

更に、まがいものである結果は原因を変えても変動しないのでまがいもの因果問題をクリア。

問題点になるのが、『定義に循環がある』こと。

『操作』という定義に『原因』の意味が入っていると指摘される。

また、操作不可能な対象の場合は因果ということを語れなくなってしまうという大きな弱点がある(例えば、『月は満ち潮の原因である』というが、月は操作できない!)

 

公理的・認識論的転換(1985-2004)

80年代から因果関係を公理化し、学際的に役立てようとする動きがはじまった。

その基本となるのが、Path Analysisだ。

これは20年代に統計学者Sewall Wrightが考案したもので、原因と結果となる要素が矢印で結ばれている。

 Path Analysisは図形的に表現したPath Diagramと代数的に表現したStatistical Modelがある。後者は原因と結果の非対称性がなくなる。

 

哲学者はそのようなこととは関係なしに、80年代に非対称性問題を分析する過程で、path modelを提案した。

1985年に書かれた"Causal Asymmetry"では、共通の原因が二つの結果を出すときと、二つの原因が共通の結果を出すときではなにが違うかということが分析されている。

前者の場合、二つの結果は関係しているが、共通原因が導入されることにより条件付独立となり、後者の場合、二つの原因は関係していないが、共通結果が導入されることにより関係していることとなる。

Dan Hausmanは1984年に『因果結合』という概念を発表した。XがYの原因であるとき、もしくはYがXの原因であるとき、あるいはXとYがある共通原因からもたらされているときそれらは因果結合していると見なされる。

このことは非対称性問題を解決するきっかけとなる。XがYの原因であるとき、XとYは因果結合しているが、逆はいえないからだ。

 

 統計学の分野では、1980年代、Judea PearlがDirected Acyclic Graphs (DAGs, 直線非循環グラフ)を作り出した。

その後、Peter Spirtes, Clark Glymour, Richard Scheines (三人合わせてSGS)はPath AnalysisがDAGsの特殊ケースであることに気づいた。彼らは、DAGsを使い、因果論の認識論的探求をしようと決意した。

SGSは二つの公理を提案した。一つ目はCausal Markov Axiomである。これは、『全ての変数は、自身の結果である変数を除き、確率的独立である』という公理だ。

二つ目は『介入』である。介入は、グラフモデルの外部からなされ、ターゲットとなった変数へダイレクトに作用する。

また、介入された変数は、その原因である変数の影響が無効化される。

このような公理を元に、因果モデルを作り、隠れた原因を見つけることができるようになった。

この考え方に批判的なのが、Nancy Cartwrightである。彼女は、次のような例を考える。

スイッチがあり、それはテレビの閉回路につながっている、閉回路はテレビの音声もしくは画像を出力する。このとき、スイッチのオン・オフ状態を知ることは、音声か画像どちらかがついているか知ることになるが、これはCausal Markov axiomに違反する(途中に変数が入っても確率的独立にはならない)

この論法の再反論として、閉回路の変数を議論していないからこのようなことがおきるというものがある(隠れた変数がある)。

奇妙なことに、量子レベルではCausal Markov axiomが破れることがわかっている(EPRパラドックスなど)