水槽脳の栓を抜け

SF作家 草野原々のブログ

スティーヴン・バクスター最新作"Creation Node"日本語最速レビュー!:まさかのバクスター版『魔法少女まどか☆マギカ』だった!?

イギリスのSF作家スティーヴン・バクスターの最新作『Creation Node』を読みました。壮大なファースト・コンタクトSFであり、また、従来のSFを批判的に検証するメタ・ファースト・コンタクトSFでもありました。

 

 


さらに、タイトルにも書いているようにアニメ『魔法少女まどかマギカ』と共通する展開もあって、非常に興味深かったです。

バクスターを洋書で読んでいる人は、日本でそれほどいないと思うため、記録しておきます。現代日本SF作家のなかで頭角を現すために、バクスターの最新作を読んでいることをアピールしたいと思います。今年の九月に発売されたばかりなので、日本語圏では最速レビューだと思われます。願わくば、これを機に未訳SFをどんどん紹介して、「未訳SFインフルエンサー」になりたいです。


【あらすじ】

(注意:完全にネタバレです!)


舞台は西暦2255年(二十三世紀中盤)。人類は前世紀に起こった気候変動による大災害から、なんとか回復しつつあるところだった。
人類の勢力は主に三つに分かれていた。一つ目は保全派(コンサーバー)」という党であり、気候危機を教訓に、可能な限り再生可能資源を使い、非可逆的な変化を起こすことを禁止する。二つ目は「ルナ・コンソーシアム」という月を中心とした企業グループであり、産業革命的に太陽系の資源を使い人類を拡大させるという思想を持っている。両者のあいだにいるのが、プラグマティックに雑多なグループが集まった「地球政府」だ。
この時代、すでに太陽系の惑星間を移動できるほどの技術はあるが、宇宙船の主要な動力源はウランを利用した核分裂であり、ヘリウム3を利用した核融合推進はまだ実験段階である。だが、未来を見越して、地球と月のあいだに、ヘリウム3と窒素の輸出入をめぐる貿易摩擦が起き始めていた。
そんななか、仮説的に存在が推論されている第九惑星へ向かって、太陽系外縁部であるオールトの雲に調査船「シャドウ」が飛行していた。保全派が作った「シャドウ」は核分裂推進ではなく、太陽風推進を使ったものだ。
主人公のサルマは、「シャドウ」のなかで生まれた二十歳の女性だ。彼女の母親は乗組員であったが、航行の途中でがんにより死亡し、代理として母親の胚から、人工授精によりサルマが生まれた。
「シャドウ」が第九惑星へと近づくと、それは惑星ではなくマイクロ・ブラックホールであることがわかった。この種のブラックホール超新星爆発ではなく、ビッグバン直後でのみ生成されるはずのものであり、宇宙と同じくらい古いはずだ。
サルマはブラックホールから放射されるホーキング放射が規則的であることに気づく。謎の知性が人類へコンタクトしているのだと考えたサルマは、返信を送る。その瞬間、ブラックホールが膨らみ、変化して固形の惑星へと変容していく。
その惑星の質量は地球十個分であり、その直径は地球の三倍強である。その結果、表面重力はほぼ1Gとなっていた。また、表面温度も地球平均と同じ摂氏15度であった。

サルマが地表に降りると、容器に入ったエイリアンを発見する。ヒューマノイドであり、羽根に覆われて外見は鳥人のようだ。しかも、地球と同じような大気を呼吸しているらしい。エイリアンは酸素が不足して気絶し、宇宙船へと回収される。
その事件と同時に、銀河系中央にある異常が確認される。巨大な爆発であるクェーサーが発生し、その余波は太陽系全体を熱し始めたのだ。しかも、クェーサーは指数関数的に強力になっており、あと千年ほどで地球は金星と同じような暴走温暖化を起こすと推定された。

一方、第九惑星軌道上の宇宙船「シャドウ」では、乗組員たちがエイリアンと会話しようとするが、なかなかできなかった。そもそも、そのエイリアンは転送されてきたのではなく、容器のなかで「生まれた」ばかりなのではないか? という説も出される。
エイリアンは「フェザーズ」と名づけられる。彼女の使う言語は人類よりも複雑な情報量があるらしいが、解析できない。しかし、サルマはフェザーズと交流し、姉妹のようになる。
フェザーズの羽根は紫外線やガンマ線など、地球環境よりも強い光線を吸収し、再利用するようにできているらしい。なんらかの共生生物なのかもしれなかった。その機能から、彼女の母星は恒星に近い惑星であったのではと推論される。
疑問なのが、「なぜフェザーズはヒューマノイドなのか?」ということだった。生物の形態は地球上であっても多種多様だ。いままでに百兆種の生命種が存在した。一方で、天の川銀河には最大限見積もっても、生命が住める惑星は400億個程度しかない。知的生命はみんなヒューマノイドになるという、ありそうのない前提がない限り、フェザーズは超銀河団クラス(一億光年レベル)以上に地球と遠い距離から来たこととなる。
さらに、フェザーズのDNAタイプは地球生命のものと類似していることがわかる。これはもっとおかしなことだ。地球生命のDNA構造は、アミノ酸による偶然の組み合わせが生みだしたものであり、その他の実現性のある組み合わせは無数にある。原理的にタンパク質構造の組み合わせは10の39乗通りあるはずだ。一方で、この宇宙には10の22乗個の恒星しかない。

その謎に対処するために「啓示仮説」が提唱される。フェザーズ自身はこのコンタクトに主体的に関わっておらず、むしろ、フェザーズ自体がメッセージの内容であるという説だ。フェザーズを送ることで、謎のコンタクターは「多元宇宙が実在する」ことを示しているのではないか。

それから四年後の2259年。一隻の宇宙船が土星に到着しようとしていた。それはヘリウム3核融合推進を搭載した地球政府の実験船「クロノス」であり、土星でヘリウム3を補充したのちに、いままで30年かかっていた第九惑星への道のりをわずか一年で踏破する計画であった。
だが、そこに突如、ルナ・コンソーシアム建造の宇宙船「アクィラ」が現れる。「クロノス」は自慢の核融合推進で逃げきろうとするが、両者の思惑が不幸な形でかみ合ってしまい、接触事故を起こしてしまう。
事故で多数の乗組員が死亡したが、「クロノス」は「アクィラ」を振り切って、第九惑星へと舵を切る。

地球政府の大統領科学顧問エリザベスを含む「クロノス」の乗組員たちは「シャドウ」乗組員たちと合流し、第九惑星に降り立つ。そこでさらなる通信に返信すると、ポータルが現れた。
ポータルを通った一行は、重力が軽くなっていることを感じる。別の惑星へと転送されたようだ。
その惑星には、岩とがれきばかりの大地が広がっていた。さらに、空を見ると、巨大な光が、まるで嵐のように渦巻いていた。活動的なクェーサーだ。さらに、空に浮かぶ星々はとてつもなく巨大で明るい。
調査の結果、奇妙なことが判明する。この惑星はコアとマントルが冷え切り、完全に地質活動が止まった状態だ。おそらく、地球よりも十倍も二十倍も古い惑星で、生まれてから一千億年ほどは経っているだろう。
だが、宇宙を観測すると、まったく違う事実が示される。大量の明るい超巨大恒星が示すものは、この宇宙自体が非常に若いということだ。ビッグバンにより直接生成された水素とヘリウムが高密度で空間に分散している状態でしか、このような現象は起きないはずだからだ。この宇宙自体が、生まれてからせいぜい、数百万年しか経っていないはずだった。さらには、クェーサーは銀河が成立していないと発生しないが、最初の星々が誕生したときには銀河は存在しなかったはずだ。空と大地で、過去・現在・未来という両立し得ない三つののランドスケープが合体しているのだ。

また、それらの若い恒星のスペクトラムを分析したところ、緑色を帯びていることがわかった。緑色の恒星など、これまで知られていない。いったい、どういうことだろうか?

一行はさらに探索を続けると、フェザーズと同じ種族らしき生物の骨が、いたるところに転がっていることがわかる。まるで、かつてここで大量虐殺が起こったようであった。
戸惑うサルマたちの前に、「テルミナス」と名乗る存在が接触してくる。それは宙に浮く輝く銀色の球体という姿をまとっていた。「テルミナス」はローマ神話における「境界の神、バウンダリーの守護者」の名だ。
テルミナスはサルマたちに「あなたがたの避けられない宇宙の絶滅から、救ってあげよう」と提案する。

テルミナスの自己紹介によれば、それは多元宇宙を渡り歩く能力を持っており、あまたの宇宙に干渉をし、生命・知性・複雑性を増大させるためのプロジェクトを遂行しているらしい。
多元宇宙は無限に広大だが、物理法則のもとで生命が発生する確率はとてつもなく低く、人類がいる宇宙には地球にしか生命は存在しない。また、時間的にも生命が存在できる期間はわずかだ。一兆年後には恒星の形成は止まり、エネルギーと物質は拡散し始める。百兆年後には、最後の恒星が死に絶え、宇宙は光なき広大な暗闇となる。残った冷たい星の残骸も、10の36乗年ほどで陽子崩壊を起こし蒸発する。そして最後にはブラックホールすらもホーキング放射で蒸発し、宇宙はなにもない空間だけとなる。だが、その空間内でも量子的不確定性は続き、ランダムな情報が現れ、消えていく。
テルミナス自体が出現したのは、そうした孤絶宇宙だ。宇宙が熱死したはるかはるかあと、ランダムな情報が幾度も現れては消えていき。ついに、途方もないまったくの偶然により、知性を創発する情報が組み合わさったのだ。量子的不確定性の純然たる偶然でできた知性体『ボルツマン脳』こそテルミナスの正体だった。ランダム情報のちらつきによる知性体!

テルミナスは熱死に至る宇宙の運命を変えることができると言う。絶滅の運命を変更された宇宙がさっき空に見たものだという。つまり、緑色をした初期巨大恒星で満たされた、一見、非常に若い宇宙だ。テルミナスはそれを「無限に古く、また新しい宇宙」と称する。
この宇宙は、無限の生命に満ちあふれた宇宙であった。恒星の緑色は、恒星軌道上に建造された無数の球体からなるダイソン雲から漏れた光だったのだ。恒星規模の温室集団が作られ、そこで光合成が行われていたのだ。
またこの宇宙は、無限に広いだけでなく、無限の過去と未来を持っていた。無限に膨張し続けるが、空間から新しい原子が生成され、新しい星が無限の期間に誕生し続けるのだ。単一の「ビッグバン」ではなく、いつまでも続く無数の「リトルバン」で連続的に創造され続ける世界、それが「無限に古く、また新しい宇宙」の正体であった。(フレッド・ホイルの定常宇宙説で提唱された宇宙だ)

この宇宙は、空虚で孤独な我々の宇宙とは違い、無限の生命と無限の知性、無限の豊穣さで満たされていた。どんな生命体、どんな知性でも、宇宙のどこかには実在しているのだ。どんな想像をしても、それは宇宙のどこかには実際にあるのだ。ありとあらゆる可能性で満たされている宇宙なのであった。
その宇宙の鍵となるのが、天空を彩る巨大クェーサーであった。それが「クリエーション・ノード(創造の結び目)」なのだ。『結び目』は、多元宇宙の起源である高次元基体からのエネルギー漏出を可能とするものだ。この「クリエーション・ノード」により、有限宇宙は無限宇宙に改造される。限りある宇宙から開かれた宇宙への永劫創造だ。
複数の宇宙をつなぐブリッジを確立するには、両側からの情報の通信が必要だった。そのために、テルミナスは第九惑星のホーキング放射によりサルマたちと通信を確立し、宇宙をつないだ。そして、銀河核のクェーサー化は「クリエーション・ノード」創造への準備であった。

テルミナスは「あなたたちに永遠をあげよう」と言って、契約を持ちかけてくる。天の川銀河の核は「クリエーション・ノード」になりつつあるが、さらに進めて宇宙の銀河の核たちをノードに変換するか、それとも止めるかという選択を強いてくる。

だが、そこでサルマたちはフェザーズの文明はどうなったのかをテルミナスに聞く。すると、悲劇的な事実が明らかになる。フェザーズの文明たちは、クリエーションノードを作る過程で惑星全土が焼け焦げ、滅亡してしまったのだ。
テルミナスは、人類の住む宇宙は若いのでもっとうまくいくと主張する。しかし、サルマたちはテルミナスとの契約を拒絶し、与えられようとした永遠の宇宙を投げ捨てる。その答えを聞き、テルミナスは「もしもきみたちやきみたちの子孫が心変わりしたならば、いつまでも待ち続ける」と言って消え去る。

科学顧問のエリザベスはテルミナスに希望を伝え、太陽系に戻っていったが、サルマたちはフェザーズの惑星の荒野に残る。残った人々は生活のための準備を整え、さらなる目標に向かって進む。フェザーズの人生を豊かなものにするという目標だ。クリエーション・ノードがあるこの宇宙では、フェザーズの文明は過去を失ったが、未来は無限に開けているのだ。
サルマたちは、クリエーション・ノードの光エネルギーを利用しながら、岩石から酸素や水を抽出し大気を復活させようとする。そして、過去の地層を掘り起こし、生態系の遺伝子を手に入れ、この惑星の生物圏の復活を目指すのだった。
永遠の未来へ向けて。


【感想】

バクスターは日本では超巨大規模ハードSFスペースオペラの〈ジーリー〉シリーズが有名です。そのこともあって、彼は「物理学を使った気宇壮大なSF」を書く作家と評価されています。確かにそれは正しいのですが、彼の作風はそれだけではありません。バクスターは壮大な宇宙規模の災害や破滅、争い、喪失、孤独、絶望、苦しみなどネガティブなことを真っ正面から描く実存的な作家でもあるのです。

たとえば、デビュー長編である『天の筏』では、重力定数が大きな宇宙に迷い込んだ人類の子孫が、迫りくる不可避の世界崩壊から脱出する話です。

天の筏 (ハヤカワ文庫SF)

ジーリー〉シリーズは数百万年におよぶ人類と「ジーリー」との戦争が描かれ、最後には暗黒物質生命体により星々が死んでいきます。

プランク・ゼロ (ハヤカワ文庫 SF ハ 9-8 ジーリー・クロニクル 1)

『Evolution』では白亜紀の哺乳類から現在の人類、はるかな未来の火星のロボットまでの生と絶滅を延々と描きます。

Evolution (GOLLANCZ S.F.) (English Edition)

『Flood』では謎の海面上昇により地球すべてが海に沈みます。『Proxima』では未来のない外宇宙植民地での苦悩を描きます。『World Engine Destroyer/Creator』では、太陽系崩壊の危機を探るためにいくつもの平行宇宙を渡り歩いたすえに崩壊は避けられないことがわかります。

Flood (English Edition)

Proxima (English Edition)

World Engines: Destroyer: A post climate change high concept science fiction odyssey (English Edition)

『Galaxias』では突如として太陽が消失し、地球が寒冷化していきます。本作の前に書かれた『Thousands Earth』では、虚無に呑みこまれることが確定している平面世界が出てきます。

Galaxias (English Edition)

The Thousand Earths (English Edition)

バクスターはまた、ファースト・コンタクトというテーマをよく扱ってきましたが、そこでたびたび持ち出されるのが『フェルミパラドックス』という思考実験です。「もしも、宇宙に知的生命体がいるならば、すでに接触が起こってもおかしくないはずなのだが、なぜコンタクトはまだなのだろうか?」というもので、その疑問に対して、バクスターは過去の作品でさまざまな回答を出してきました。

たとえば、『Manifold:Time』では、この宇宙において人類は最初で最後の知的生命体であるとしました。逆に、『Manifold:Space』では、この宇宙は生命と知性に満ちあふれているが、定期的に起こる宇宙規模の大災害により一掃されるためコンタクトが行われないという設定でした。『Thousands Earth』では、宇宙には知性で満ちあふれているが、我々が気づかないだけであるという解答が描かれました。

Manifold: Time (English Edition)

Manifold: Space (English Edition)

本作でも、バクスターがいままで追求してきたテーマがさらに突き詰められています。この作品のプロットは、王道のファースト・コンタクトSFでありますが、SFがこれまで描いてきたファースト・コンタクトSFを批判的に検証するメタ・ファースト・コンタクトSFでもあるのです。

ファーストコンタクトSFは、大きく分けてふたつの潮流があるでしょう。ひとつはイージーなコンタクトで、異星人がなにを考えているかや、どんな情報を発しているかが比較的簡単にわかります。もうひとつはハードなコンタクトで、異星人がなにを考えているのか、そもそも『考えて』いるのかすらあやふやで、ましてや、意味のある通信などできません。前者は『三体』や『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、後者は『ソラリス』や『ストーカー』、『ブラインドサイト』などがあてはまります。
バクスターの全体的な作風としては、イージーとハードの中間くらいでしょうか。代表作『ジーリー』シリーズにおいては、宇宙には様々な知性体がひしめいており、一応の意思疎通ができる知性体も存在しますが、宇宙における最大勢力をほこるジーリーという文明は謎につつまれています。

イージーなコンタクトを描く一昔前のSFは、よくヒューマノイド・タイプの宇宙人が登場します。まるで、知性を持つ存在は人型でなければいけないという暗黙の前提があるようです。バクスターはその暗黙の了解を批判的に検証し、確率論を使って、いかにヒューマノイド・タイプの異星人がありえないかを論証します。ヒューマノイド・タイプがコンタクトしてきたということは、それだけで超銀河団規模以上の遠方からやって来たと推論できるのです! 人類に似ている宇宙人がコンタクトしてくるということは、多元宇宙を持ち出さなければいけない。逆にいえば、多元宇宙を持ち出せば、古典的なヒューマノイド・タイプ宇宙人が登場しても合理的である。このように、いままで「お約束」だとされてきたところに、確率論を使い批判的に検証し、さらに最大限にその議論に沿うように新しい設定を導入する。このところは、読んでいて非常に感動しました。

確率論に基づく地球外知的生命体の議論は、バクスターの作風である『荒涼とした宇宙』にも通じるところがあります。この宇宙において、生命は地球にしか存在せず、人類は空間的に孤独であり、宇宙には意味のない茫漠とした広がりだけが果てしなくあるだけなのです。しかも、空間だけでなく時間においても我々は『孤独』なのです。生命が住めるのは宇宙のある期間にすぎません。この宇宙の行きつくところは決まっており、星も原子もブラックホールでさえも消え去った本当になにもない広がりだけが未来に待っているのです。このビジョンは、まさに、バクスターがこれまで描いてきた『大災害/ディザスター』の最たるものでしょう。この宇宙そのものがディザスターなのです。
一方で、我々の宇宙と対比される形で、豊穣な宇宙が描かれます。それが、フレッド・ホイルが提唱した定常宇宙です。空間方向だけでなく、過去方向にも未来方向にも無限に続く宇宙であり、無限の昔から生命に満ちあふれています。すべての恒星は植物を示唆する緑色に染まり、ありとあらゆる種類の生命が存在し、起こりうる可能性はすべからず実現しているのです。まさに、究極のユートピアといえるでしょう。

本作はある種のユートピアSFとも読めます。我々の宇宙という極限的ディストピアに対比される、定常宇宙という極限的ユートピアが描かれます。定常宇宙を創ったのは、その豊穣さとは真逆の絶対的に孤独な知性体、ボルツマン脳です。宇宙の陽子崩壊後という「ポスト・アポカリプス」を経て、『偶然』で構築された知性がユートピア宇宙を創るのです。このふたつの宇宙の対比が非常に美しいと感じました。概念的なシンメトリーが描かれており、一種の抽象絵画のように美を読者に感じさせるポイントでしょう。
ボルツマン脳であるテルミナスは、ユートピアを与えるためにサルマたちに『契約』を迫ります。この筋書きは、民話から、『ファウスト』、『魔法少女まどかマギカ』に至るまでの悪魔の取引のストーリー類型となっています。類型通り、この取引には裏があり、定常宇宙を創る過程でフェザーズたちは絶滅したことがわかります。メフィストフェレスキュゥべえに比べると、テルミナスはやや良心的で、正直にリスクを告白します。「宇宙を作り変えるのはたいへんに難しい事業でして……」という言い訳すらしてきます。このシーンは、隔絶した超知性というテルミナスの印象を覆すもので、わたしの好みからはやや外れていました。

しかし、『魔法少女まどかマギカ』における、キュゥべぇの台詞「君たち人類がいつか宇宙を相続するとき、荒れ果てた宇宙では嬉しくないだろう? だから僕らは、君たちのためにも、宇宙のためにも、魔法少女の力を利用しているんだよ」を思い出し、スティーヴン・バクスターと「魔法少女まどかマギカ」というおそらくまったく関係のない両者が同じ問題意識と発想でストーリーを創ったことに驚きを感じました。(バクスターまどマギを見ていた可能性はゼロではないですが)

物語のエンディングで、サルマたちはテルミナスの宇宙改造を拒否し、故郷に戻ることもせず、フェザーズの惑星で生態系と文明を復活させるべく作業を開始します。ここは、『人類の繁栄』といういままでSFにおいてよくあったハッピーエンドとはまた別のアプローチを切り開いており、興味深く読んだポイントでした。とくに規模が大きなSFにおいて、エンディングをどうするかという問題は悩ましいところであります。個人的なハッピーエンドを迎えたところで、宇宙の大きさに比べれば意味がないと感じてしまうのです。そこで編み出されたのが「人類が発展し繁栄していく」というある程度規模の大きなハッピーエンドですが、それもまた宇宙の命運の前では無意味でありますし、そもそも人類全体に感情移入をしている前提が必要になります。本作のエンディングは、『自らの宇宙の永遠を拒否し、かわりに、永遠が創られる過程で滅びてしまった惑星を復活させる』というもので、人類賛歌とは別の開けた希望のある終わり方でした。

ここまで賞賛しまくりましたが、本作には欠点があります。登場人物が主体的に物語に関わる点があまりにも少ないということです。主人公のサルマをはじめ「シャドウ」乗組員たちがやったことといえば、第九惑星のホーキング放射通信に返信したことと、最後のテルミナスとの契約を拒否したことだけです。あとはすべて科学と地球外知的生命体の確率論についての議論を延々と行っているのみなのです。むしろ、地球政府の「クロノス」やルナ・コンソーシアムの「アクィラ」の乗組員たちのほうが行為/アクションをしています。土星で両宇宙船が衝突するシーンは迫力満点です。しかし、「クロノス」や「アクィラ」は物語の本筋にあまり関わることがないため、どうにもチグハグな印象をいだいてしまいます。

そのような欠点はありますが、わたし自身、SFを読むときに登場人物にそれほど関心を払うことはないため、気にはなりませんでした。
本作は、いままでのSFが無視してきた地球外知的生命体の確率論についての議論や、宇宙のビジョン、印象的な風景描写などが満載です(あらすじには書きませんでしたが、土星のヘリウム3採取宇宙エレベーターの描写などもすばらしかったです)。バクスターお得意の壮大な実存的知的冒険エンタメの本領が発揮されているSFといえるでしょう。

 

【さいごに】


魔法少女まどかマギカといえば……。
わたしが執筆したスピンオフ小説「非-魔法少女」があります!

ええ!? それは読まなければ!!

まだ読んでいない人はいますぐ、『魔法少女まどか☆マギカ 10th Anniversary Book』全三巻を買いましょう!!!!