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草野原々公式ブログ

SF作家 草野原々のブログ

【論文要旨】シミュレーション論法とSelf-Indication Assumption

ここではPaul FranceschiのThe Simulation Argument and the Self-Indication Assumptionをまとめます。

ニック・ボストロムのシミュレーション論法に、『あなたが存在しているという事実から、観察者が少ない仮説よりも多い仮説を選ぶべきだ』とするSelf-Indication Assumptionを導入するという論文のようです。

 

 ボストロムのシミュレーション論法は次のようなものです。

ある高度に発達した文明はたいへんすぐれたコンピューティングパワーを持っているため、それを使い、自分たちの先祖の歴史を無数にシミュレーションするであろう。

その状態において、すべての歴史を考えれば、現実に存在する観察者よりもシミュレーションのなかにいる観察者のほうが圧倒的に多くなる。

そうなれば、自分がいるのが、現実かシミュレーションか考えれば、シミュレーションのなかにいる確率は圧倒的に大きいことになる。

より詳細には、シミュレーション論法は次の三つの仮説の選言により表されます。

H1:人類文明はシミュレーション世界を作り出す技術力を持つことなく絶滅する。

H2:人類文明はシミュレーション世界を作り出す技術力を持つに至るが、それを(倫理的理由あるいは興味を失い)実践に移すことはない。

H3:我々はシミュレーション世界に住んでいる。

H1あるいはH2のときはシミュレーション世界人口と現実人口の比は現実のほうが大きいため、この世界がシミュレーションである可能性は低くなります。ゆえに、H1~H3のどれかが正しいということになります。どの仮説が正しいかいまのところ証拠はないため、各仮説の確率を1/3とします。これがシミュレーション論法です。

 

このシミュレーション論法は、しばしば『エメラルドのアナロジー』という比喩を使い表されます。それは次のようなものです。

ある時点(A)で、三人の人にエメラルドが配られたとする。その数世紀後(B)、三千人の人にエメラルドが配られた。さて、あなたは自分がエメラルドを持っている。上記の情報は知っているが、そのほかのことは知らない。そのとき、自分はAにいるのか、Bにいるのかという問いにはBにいると答えるほうが確率が大きい。

シミュレーション論法において、エメラルドとは観察者のことを指します。

しかし、このアナロジーをシミュレーション論法に直接適用することはできません。なぜならば、アナロジーではエメラルドは実際に存在するのに対し、シミュレーション論法のシミュレーション世界の観察者は仮説(H3)上の存在であるからです。では、H3が真である確率をどうとればよいでしょう。Self-Indication Assumption (SIA) を適用すれば、それは1/3ではないということになります。

 

ボストロム(2002)によればSIAは次のような原則です。

あなたが存在しているという事実から、観察者が少ない仮説よりも多い仮説を好むべきである。

この原則は次のような思考実験から導かれます。

あなたはリトル・パドルという村かロンドン、どちらかの住民である。リトル・パドルには50人が住み、ロンドンには一千万人が住んでいる。その情報以外を知らないとき、あなたは観察者の多いロンドンに住んでいるという仮説を選ぶべきだ。

この思考実験では、観察者は確実に実在しています。しかし、仮説上の観察者の場合はどうでしょう。次のPresumptuous Philosopherの思考実験を見てみましょう。

ある物理学者が、互いに対立する二つの万物理論のどちらが真なのかを悩んでいる。一方の理論(T1)においては、宇宙は巨大だが有限であり、全部で一京人の観察者を含んでいる。もう一方の理論(T2)において、宇宙はもっともっと巨大であり、一京×一京人の観察者を含んでいる。悩む物理学者に向かい、ある哲学者がこう言う「SIAによりT2はT1より一京倍確からしいじゃないか!」

この結論は反直感的です。事実、Milan Cirkov (2004) はSIAは現実の観察者と仮説上の観察者を混合していると批判します。

ここでは、他の事項が同じであれば(ceteris paribus)、観察者の多い理論のほうが、少ない理論よりも有利であるとします。

SIAを使ったシミュレーション論法の書き直しは次のようになります。

第一理論(T1)によれば、21世紀の地球に80億人の人々がいる。第二理論(T2)によれば、25世紀にシミュレーションされた人々が80億×10億人いる。シミュレーションは完璧であり、シミュレートされた人々はそれがシミュレーションだということがわからない。このとき、あなたは生身の人間であるよりシミュレーションされた人間である可能性が非常に高い。

SIAを使ったシミュレーション論法とエメラルドアナロジーのシミュレーション論法の違いは、後者では25世紀の人々は確実に存在するのに対し、前者では仮説上の存在でよいというところです。この論法はPresumptuous Philosopherの思考実験と同じようなもので、Cirkovの批判を受けます。

では、SIAを一般化したSIA*に書き換えてシミュレーション論法に導入してみましょう。SIA*は次のようになります。

T1:タイプOの存在は少数である:要素F11,F12,,,,,,,F1pより

T2:タイプOの存在は多数である:要素F21,F22,,,,,,,F2qより

このとき、両者の正当化の度合いは拮抗しているので、先ほど出た他の事項が同じであればという条件に合致し、SIAの導入が正当化されます。

シミュレーション論法に導入すれば次のようになります。

T1:21世紀において人間は少数存在する:要素H1,H2,F13,,,,,F1pより

T2:25世紀においてシミュレーションされた人間は多数存在する:要素H3,F22,,,,,,,F2qより

ここではH1H2H3はT1かT2を支持する要素の一つとなります。Hの他にもTを支持する要素Fが入ります。

これをオリジナルのシミュレーション論法の枠内でのみに限定し書き直すと次のようになります。

T1:21世紀において人間は少数存在する:要素H1,H2より

T2:25世紀においてシミュレーションされた人間は多数存在する:要素H3,F22より

このとき、わかるのは、オリジナルのシミュレーション論法において、T2のほうが確率が高いというには、『他の事項が同じであれば』条件をクリアするため、F22を与えなければならないということです。

また、H1∨H2∨H3の選言は分解されることになります。

ボストロム(2003)はSIAを批判しましたが。より一般的なSIA*を使ってシミュレーション論法を書き直すことが可能です。