水槽脳の栓を抜け

SF作家 草野原々のブログ

"DOOMSDAY, BISHOP USSER AND SIMULATION WORLDS" まとめ(1)

この記事では、Alasdair M. Richmondの論文"DOOMSDAY, BISHOP USSER AND SIMULATION WORLDS"のまとめを行う。

 

この論文は、レスリーの『終末論法』に対して、三つの課題があることを示す。

一つ目は標準的な終末論法に対しての批判である、Timothy Chambersの'Ussherian Corolary'である。

二つ目はBradley Montonの通常とは異なった終末論法やニック・ボストロムのシミュレーション論法に対しての批判である変形Ussherian Corolaryである。

三つ目は終末論法とそれに類似た論法全体に付随する認識論的・形而上学的問題である。

 

1)カーターとレスリーの終末論法

この節では一般的な終末論法の解説を行う。

終末論法は確率論を使い、人類の滅亡は非常に遠い未来ではなく、比較的現在に近い時点に起こるという推論をするものだ。

終末論法はしばしば次のような比喩で説明される。

ここに壷があるとする。その壷にはボールが入っている。ボールが何個入っているかについて二つの対立する仮説がある。仮説1は10個のボールが、仮説2は1000個のボールが入っているとする。

ボールには1からはじまる数字が書いてあるとする。つまり、仮説1においては1~10までの数字が書かれたボールがあり、仮説2においては1~1000までの数字が書かれたボールがある。

さて、このとき、その壷の中からランダムに一つのボールを取り出すと、そこには『6』と書いてあった。このとき、仮説1と仮説2のどちらが確からしいのか?

仮説1のほうが正しいと確証される。それは直感的に明らかであるが、より数学的に証明してみよう。

ボールを取り出さない段階での仮説1、仮説2の正しさはお互いに同じだとする。すなわち、両者の確率は0.5である。これを

P(H1)=0.5

P(H2)=0.5

と表す。

次に、ランダムにボールを取り出すと『6』と書いてあったという証拠をEとしよう。

このとき、ベイズの定理を使って。

P(H1|E) = (P(E|H1) P(H1))  /  ( P(E|H1)+P(E|H2)P(H2))

               = (0.1×0.5) / (0.1×0.5 + 0.001×0.5)

               =約0.99

となる、0.5の確率であったものが、証拠によって0.99になったのだから、証拠から仮説1が確からしいことがわかる。

 

この例と同じようなことを人類全体に適用してみよう。

全ての人類に誕生順のナンバー(birth-rank)をつけることとする。最初の原人を1として、次々生まれる人間にナンバーをつけていく。すると、あなたのナンバーは(仮に)6000億となる。

(参考:

http://www.kijo-riron.com/ronbun/2003/ningensousu.html

壷の比喩と同じように考えてみよう。

人類がはじまってから絶滅するまでの総数人口は何人であるかという仮説が二つあるとする。

仮説1は一兆人。

仮説2は一千兆人。とする。

「あなたの誕生順ナンバーが六千億である」ということを、すべての人類総数のなかからランダムで選ばれたと解釈すれば、壷の比喩と同じく、仮説2より仮説1のほうが確からしいということになる。

つまり、人類は遠い未来まで繁栄するよりも近い将来絶滅する可能性のほうが近いこととなる。

 

次は、この終末論法に対する批判である。Ussherian Corolarryの説明をします。

続く!

 

 

 

すごい速算(引き算編)

算数・数学は面倒だ。

 

なにが面倒か? それは計算である。

 

複雑な筆算になると、ひとつクリアするのに十分もかかることはざらにある。

しかも、それは多くの場合間違っている。

 

計算の第一の壁は小学校の頃出現する『繰り下がりのある引き算筆算』である。

繰り下がりを示すために数字に×をつけて、上の位の数に十を足し、下の位の数で引いて……と、非常に乱雑になり、しまいには自分でもなにをやっているのかわからなくなる。

だが、次の方法を使うと、非常に分かりやすくなる。

一例を見せよう。

851347-97398 を計算することとする。

この計算式は次のように書きなおすことができる。

  851347

 + 02601

-------------

  853948

-1        +1

-------------

  753949

 

第二行の02601とは99999から97398を引いたもの(減基数の補数)だ。

これは簡単に求められる、なぜならば、『足したら9になる数のペア』を記憶しておけばいいからだ。

9なら0

8なら1

7なら2

6なら3

5なら4

4なら5

3なら6

2なら7

1なら8

0なら9

という風に全て覚えてしまう。

そして引く数の各桁にある数をこの表に従い変換していく。

97398

02601

 

引かれる数853948に、02601を足した後、一番上の桁から1を引き、一番下の桁に1を足せば完成である。

 

なぜこのやり方で求められるのか?

851347-97398は次のように変化することができるからだ。

851347-97398=851347-100000+(02601+1)

-97398とは-100000に02601を足したものに1を足したものと等しい。

一番上の桁から1を引くのは-100000を、一番下の桁に1を足すのは+1を表している。

 

 

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【まどかマギカ】宇宙黒幕仮説

映画まどマギにおいて、最後のまどかとほむらの会話には違和感があった。

「秩序は大切だと思う? 欲望のまま破ってはならない?」と聞くほむらに対してまどかは秩序は大切だと答える。そして、ほむらはもしかしたらあなたはわたしの敵になるかもしれないと言い、去っていく。

一見、この会話は何の問題も内容に見える。悪魔となったほむらは宇宙の秩序を乱す側であるからだ。だが、重要なのは、宇宙の改変自体はまどかもやっていたということだ。まどかもほむらも宇宙改変をやっているのであるから。ほむらの『秩序を破る』ということは宇宙改変そのものを指すはずはない。

宇宙改変そのものを問題としているのでなければ、まどかとほむらの宇宙改変の性質が違うということだろう。実際、それは終盤のほむらとさやかの会話からもうかがい知ることができる。

「まさか、宇宙を壊すつもり?」と問うさやかに対し、ほむらは「全ての魔獣を倒したらそれもいいかも」と言っている。

ここから推測できるのは、ほむらの宇宙改変は、宇宙自体にダメージを負わせるようなやり方で行われていたということだ。

では、まどかの宇宙改変はどうなのだろうか。私はここで、一つの仮説を導入することとする。それは、まどマギ世界の宇宙とは、それ自体が一つの生命体であり。まどかの宇宙改変は、宇宙そのものが自己のシステムをアップデートするためになされたものだということだ。

ここで、QB文明は宇宙のエントロピーを下げるために魔法少女システムを作り出したことを思い出そう。QBたちは魔法少女が魔女になるときのエネルギーを使い、宇宙のエントロピーを下げていた(実際の物理学における意味とはずれるので注意)。QBの魔法少女システムはまどかにより円環の理に更新された。円環の理は、魔法少女が魔女になる瞬間、その存在を回収する。では、そのとき発生したエネルギーはどこに行くのか? 私は、そのエネルギーを宇宙自体が享受しているのだと解釈する。まどか改変前は、QB文明を通して間接的に宇宙自体にエネルギーが送られたが、円環の理ができてからは、直接的に宇宙自体にエネルギーが送られるようになった。円環の理が誕生することにより、より効率的な宇宙エネルギー供給システムが誕生したのだ。

だが、これは、円環の理もまた自己犠牲を強要するシステムだということをあらわにする。魔法少女たちは、人間としての生を否定され、円環の理という宇宙管理システムへの融合を余儀なくされる。

その自己犠牲性を見抜いたのは、ほむらであった。彼女は愛の力により、叛逆を開始する。この『叛逆』とは、まどかに対してのみならず。宇宙そのものに対しての叛逆なのである。

この仮説の良いところは、映画『叛逆の物語』での違和感を感じるシーンを二つとも説明できるところだ。ほむらとさやかの会話は、ほむらが宇宙そのものに叛逆した(宇宙を壊すことも厭わない)ということを示し、まどかとほむらの会話においての『秩序』とは宇宙そのものを表す。

では、宇宙黒幕仮説が予想するまどマギ二期はどのようなものとなるのだろう。はじめは、宇宙の意志を保持しているQBがまどかに対して、宇宙を破壊する『悪魔』ほむらを倒すように頼み込み、まどかが魔法少女になりほむらと戦うというストーリーが繰り広げられるだろう。しかし、この宇宙そのものが自己犠牲を強要するシステムであるという事実が少しずつ明らかになり、それに気づいたまどかはついには円環の理を操作して宇宙自体を裏切り、魔法少女の存在しない宇宙を新しく作り出す(あるいは書き換える)。いわば、宇宙という逆デウス・エクス・マキナ的な存在を作り上げてきれいにまとめるのだ。これならまどか派もほむら派も満足であろう。

メモ 知識の内在主義と外在主義

(注:さりげなくまどマギネタバレしてます)

 

ある信念を『知識』とするためには以下の三条件が必要だ。

①その信念が真であることに本人が確信していること

②その信念が実際に真であること

③その信念が真だというと本人が確信するのは当然であるということ(正当化)

 

このうち、③の条件をどう説明するかにより内在主義と外在主義が分かれる。

正当化が心のなかのみで行われるとするのが内在主義、世界と心の結び目で行われるとするのが外在主義である。

 

内在主義は基礎付け主義と整合主義に分かれる。

 

基礎付け主義はある基礎的な信念が、一般的な信念を正当化するというものである。

このとき、そんな都合の良い基礎的信念なんてあるのか? ということが問題となる。

 

整合主義はすべての信念は他の信念との整合性により正当化されるというものだ。ある信念がその人のすべての背景信念体系と整合性があればその信念は正当化される。

 

外在主義は、信頼性の高い信念形成プロセスが生み出した信念は正当化されるというものだ(信頼性が高いとはこれまで生み出した信念が真であることが多かったということ)。ここでいう信念形成プロセスとは、外界の事象を心のなかの信念にするパイプラインのようなものである。

しかし、外在主義には欠陥がある。もし、信頼できるプロセスから生まれた信念であっても、その信念を信頼すべきではないという決定的証拠が突きつけられるかもしれないのだ。例えば、映画「劇場版まどか☆マギカ 新編:叛逆の物語」の前半では、ほむらは自身がナイトメアと楽しく戦っているという信頼できるプロセスによって生まれた信念を持っていた。しかし、それは決定的証拠(バスが町の外に出ないなど)により疑わしいものとなる。外在主義がこのままでは、『ナイトメアと戦っている』という信念は正当化されたものとなってしまう。

そのため、『信頼できるプロセス』であることを証明するため、次の二条件をつけたす(ゴールドマンの条件)

①信念を生み出すプロセスが信頼できないものだと、本人が信じていないこと。

②信念を生み出すプロセスが信頼できないものだという結論(本人の心的状態)を、信頼できるプロセスにより生み出せること。

 

外在主義には別の問題もある。ある信念を正当化させるプロセスというものをどこまで広く取るかという問題だ(信頼性の範囲問題)。

考えるのは、現実世界のみでよいのか。現実世界だけ考えて、そこで真な信念を生み出しやすいプロセスを正当化プロセスと断定するか。それとも、可能世界までもを考えるのか。後者の場合、例えばほむらの結界世界のような可能世界を考えると、現実世界で広く用いられている信念形成プロセスは信頼に値しないということになってしまう。

そのために、「通常世界の信頼主義」という案が出されている。これは、現実世界においての一般的信念が保持される可能世界(通常世界)までを考え、その世界に対応できるような信念形成プロセスを信頼できるプロセスとしようという考えだ。